小説 多田先生反省記
11.お見合い
週末になれば宗像は定期便の如く遣って来て、博多弁であれこれ話しまくり、少しばかりドイツ語を勉強してゆくし、大野も平生と変わらず繁く研究室はもちろん下宿にも足を運んでくるのだが、私はドブに落ちたあの頃を境に、どうにもならない寂寥の狭間を彷徨(さまよ)っていた。勝手気儘に日々を送ってはいるものの、どこを探さそうにも拠り所がなくて、ひたすら漂泊の空船(うつろぶね)で流されているだけのような思いが有丈(ありたけ)となっていた。結婚でもすればこうした儚(はかな)い毎日は満たされることになるのかもしれない。父親に宛てて適当に相手を見繕(みつくろ)ってくれるよう書いた手紙をポストに投げ込んだ。親許を離れて早々と下宿を変えたりしている私が荒さんだ生活を送り、飲んだくれる毎日であることは想像に難くはなかったのだろう。すぐさま父親から電話があって、塩釜にいる雅俊の兄さんに頼んだから、すぐに写真と履歴書を送るようにと申し渡された。私はこれで嫁さんが貰えそうな心持になり、喜び勇んで近くの写真屋に出向いて写真を撮ってくれるよう頼んだら、店番の者はポラロイドカメラを持ってきた。正式の写真だと云うと、驚いた様子で「見合い写真ば撮るとですか?」と聞くので大きく頷いて、奥のスタジオでライトを浴びて澄ました顔で写真に納まった。身上書を書くにあたって趣味は飲酒とする訳にもいかず、思い及んだ末に読書とした。仕事柄、本を読むことは趣味とは言えない気もしたが、ドイツ語の専門書よりも縦につながる文字を読むことの方が多いのだからこれで良しとしなくてはならない。それだけでは些か心許無いので趣味の欄には映画鑑賞も付け加えた。順当なところだろう。書き終わって現職の欄を見たら、城南学院大学構師となっている。念の為に広辞苑で調べた上で、構の字の編を「木」から「言」に書き直して封をした。新しい生活が始まるようで、結ぼれていた心持はどこかに消え失せていた。神崎の苦情を聞きながらインスタントラーメンを啜る必要もなくなる。朝餉の味噌汁は白ではなくて赤みそにしてもらおう。香の物は糠床の漬物だ。下宿で出されるヘチマとも見紛うようなお化けキュウリではいけない。八百屋を覗いたことはないが、東京で食べていたようなこじんまりした胡瓜もある筈だ。茄子も漬物には小降りのものに限る。朝になれば枕元に膝を折って「ごはんですよ」と囁く嫁さんがいる。考えただけで浮き浮きしてくる。いつまでもありふれた佇まいが頭の中を巡って私は仕合せ気分で一杯だった。程なく相手の履歴書と写真が実家から転送されてきた。雅俊の兄の知り合いの娘さんとのことで、私は乙に澄ましたカラー写真を送ったのだったが、相手の写真は2階の屋根にはみ出た物干し台のようなところで撮った白黒のスナップ写真だった。話の方はとんとん拍子に捗(はかど)り、この冬休みに東京に帰った折に仙台まで足を伸ばして、そこで会う段取りがつけられた。大野にはこの見合いのことをこっそり打ち明けた。
「なかなか活発そうじゃないですか」
大野でなくとも写真をみて他にことばが浮かんでこない。履歴書の字は纏まりがなく誤字もある。投げ遣るようで、見合いをしようとする意気込みはどこにも見当たらない。
「一応、見合いはしてくるけど、断ってくるよ」
師走も押し迫る頃合いに私は気を重くして東京に戻って来た。妹には既に結婚する相手がいて、結納もこの夏に終えて、挙式は年明けの気候の好い時節にということで落着している。私の話も纏まれば両親としても気持ちが落ち着く。私に送って寄越した写真や履歴書を見て、皆であれこれ私の心合いを詮索していたようだった。
「活発そうで、お兄ちゃんには似合いそうよ」妹は大野と同じようなことを云っている。
「写真だけじゃ、わかんねえよ。それに自分の出た学校だって字を間違えてるんだぜ」
「あら、そうだった?気が付かなかったけど…。随分、細かいところに目が行くんだね、あんたは」母親が云った。
「糸編に同じっていう字の筈なのにさ、同の横線が入ってないんだ。こんな字ないよ」私は不機嫌に答えた。
「あら、そうなの?それにしても妙なことにこだわるんだね、ドイツ語の先生のくせに」母親は全く意に介していない。だが、これも後になって善く善く調べてみたら、糸編に?の字が組み合わさった文字は確かにあるのだった。私の方が間違っていたのである。その時はどうしても誤字だという思いが強く私を捉えて離さなかった。
「相手さんはタクシー会社のお嬢さんだから、嫁入り道具にタクシーを持ってくるんじゃないかな?」父親はもう私が結婚するかのような口振りだ。
「俺、免許もってないよ」
「取ればいいだろう、いい機会だから」
「一週間を三日で暮らすいい男、なんて学生さんに云われてるんでしょ、お兄ちゃんは。暇な時はタクシーの運転手すればいいじゃない」勝手なことばかり云っている。
「折角の話だから年賀を兼ねて塩釜に行って、序でに見合いはしてくるけどさ、俺は断ってくるっ、絶対に!」
こう言い残して雅俊の実家を訪ねた私は新年の挨拶を済ませて、雅敏の兄の淳二にお見合いの段取りのお礼を云った。
「いや、別に格式ばった正式な見合いじゃないしね。忠明、お相手の兄貴の名前だけど、この忠明とは長年の付き合いなのさ。高校の頃はそんなに親しく付き合っていたというわけじゃないのにね、大学に行ったらばったり会ってさ。なんだ、おめぇ、なしてここにいるんだ?ってなったのさ」
「あちらのお兄さんも法学部だったんですか?」
「そうなんだ。それで意気投合して、帰ってきてからもよく、あいつの家に遊びに行くようになってね」
「忠明さんも、とっても好いお方なのよ。碌すっぽお話もしない人だけど」叔母の目には誰もが好人物なのだ。
「鎌倉の兄が亡くなった時にはね、夜っぴて車を走らせて淳二たちを鎌倉まで送ってきてくださったの」
「博君、僕の紹介だからといって別に気に留める必要はないよ。叔父さんから話がある前から、忠明に云われてたんだ。妹の相手探してけろって」
「突然、親父がとんでもないお願いしたりしまして、ご迷惑をおかけしたんじゃないかと思ってました」
「いや、そんなことはないよ。僕も何度か忠明の妹さんには会ったことがあるんだげど、いつも、それはそれは旨いお茶を出してくれるんだわさ」
「あら、家庭的でよろしいようね。ご結婚なさいな」
「お母さん、まだお見合いもしてないんですよ。博君、これは君自身の問題だし、こればっかりは縁だからね。僕に遠慮する必要はないよ」淳二は私の心を見透かしたようにそう云った。確かに私の表情はどこまでも強張(こわば)っていたようだ。
「博さん、なんだか元気なさそうね。明日のお見合い、怖いの?」妹の奈美が中学生らしくもなく、からかうように云いながらステレオの電源を入れて、レコードを掛けた。
「奈美、それはまずいよ。今は別の曲にしようよ」奈美の手元にあったレコートのジャケットを見たら、ショパン「別れの曲」とあった。
「そうだ。博さん、忠明の家に行ってみようか?」淳二がそう誘いかけてきた。
「おばんです。博君を連れてきたんだげっとも、忠明いだべか?」玄関口で出迎えた女性に淳二が云った。
「隣の家さ行ってましたから、ちょっと呼んできます。どうぞ、中さ入って待ってて」そう云って慌ただしく玄関を出て行った。私たちは炬燵のある部屋に落ち着いた。
「あれ、忠明の奥さん」
「そうですか」
「博君、そう緊張すんなって!すぐに忠明、戻って来っぺがら…」
「おお、来たか。まんず、上がれ」和服姿の忠明が私たちを見下ろしながらそう云った。
「もう、上がってるべっちゃ。お前が坐れ」
「んだな」忠明はよろけそうになりながら炬燵に足を入れた。
「明日、康子さんと見合いすんだげっとも、暇だから博君、連れてきた」
「んだか。酒っこ呑むか?」
「いや、車で来たから呑まね。博君は呑む?」
「いいえ、折角ですけど今日は遠慮させてもらいます」
「何だ、呑まねのが?面白くねえ野郎だ」呂律もいくらか怪しくなってきている。たんと呑んだあとのようだった。
「明るいうちから隣のお家で呑んでたんです」お茶を運んできた奥さんの君江が云った。
「うっせ!お茶なんかどうでもいいがら、酒っこ持ってこい!おめ、呑まねが?」博多弁よりはずっと親しんできたことばに私は気分がほぐれた。
「まさか!明日お見合いするのにお酒を呑むわけにもいきませんよ…」
「何だ、この!気取んでね!んだごったら、さっさと帰れわ!」
あくる日の昼近く、私は叔母とともに仙台駅前のホテルに出かけた。先方はすでにロビーで待っていた。相手も母親とその娘の二人である。父親は先年他界していた。型通りの挨拶を済ませて、どこかで食事をしようということになり、そのホテルにある中国料理のレストランが会食の場となった。ここでも私はいくらか緊張していた。日頃、滅多に結んだことのないネクタイを締めていたからかもしれない。それはこの日のために妹が用意してくれたものだった。料理は相手方にお任せすることにした。どう考えても餃子やチャンポンというわけにもいかない雰囲気だ。ビールが運ばれてきたが、呑むのは私一人である。次々と大層な料理が運ばれてきた。ここでも矢張りテーブルに置く度にそれらのご馳走の名を告げてくれるのだが、言われなければ何の料理だかわからないから、今度ばかりはその接待が有難い。食事の間に話をするのはもっぱら相手方の母親の方だった。大学の先生なんてとてもうちの娘には畏れ多い話で、会う前に断ろうかとも考えたが、淳二さんのお声がかりなので受けることにした、というようなことを云っている。
「康子さんはお茶をお入れになるのが、とてもお上手だと淳二さんから伺っておりますが…」私は思い切ってその娘に声をかけた。
「いえ、そんな」か細い声でそう答えると、康子は俯(うつむ)いてしまった。私はむしゃむしゃと数々のご馳走を食べたが、康子はほとんど箸をつけていない。最後に大きな鯉の餡かけが供されたが、流石に腹が膨らんでいてとても食べきれない。
「それじゃ、あとは若い二人にお任せすることにしまして…」見合いの席の口上通りに叔母が云った。鯉料理の方は持ち帰れるように康子の母親がウエーターに言い付けている。勘定は擦った揉んだの末に母親が済ませた。
若い二人に預けられた時間をどうしたらよいものか私は判らなかった。そうした間合いを全く頭に容れていなかったのである。
「どこかご案内してもらえますか?」
「わたし、仙台のことよく知らないんです」
「いっ?」とんだところで神崎の口癖が出てしまった。
「兄からお小遣い貰ってきたんですけど。わたしのこと可哀相に思ったみたいなんです。どうせ断られるんだからって」
「随分、ひどい話ですね。これからお見合いに出かけるところだというのに。でも、随分優しそうなお方でしたけど…」
「ええ、とっても優しいんです、兄は。でも、わたしもどうせお断りされるだろうと思ってましたから」
「どうしてですか?」ついついそんなことばを口にした。
「だって、さっき母も云ってましたけど、大学の先生なんて…」
「いや、別にそんなことは関係ないですよ。僕の親父なんて、しがない技術屋ですし…」
「淳二さんからお聞きました。随分、特許もとっているとか…」
「特許の方は会社の名義になってるんで、サラリーマンの親父には何の見返りのないみたいです。お宅はタクシー会社を経営なさってるんですよね」
「去年亡くなった父がつくったんです。それを兄が受け継いで。でも昔でいえば雲助ですもん」
「面白いことを云いますね」
「博さんは映画がお好きなようですけど、映画でも観ましょうか?」
「そうですね。映画を観に行きましょう。何にしますか?」
「博さんは?どんなのがお好きですか?」
「実は…」躊躇いはあったものの白状するしかない。「本当のことを云いますと、碌に趣味なんてなくて、しょうがないから映画鑑賞と書いたんです。強いて言えば、僕はですね、任侠ものが大好きなんです。高倉健の世界ですね」
「あら?大学の先生でもそんなのご覧になるんですか?」
「大学の先生なんて仮の姿でして、裏を返せば僕はヤクザみたいな者ですから」
「まさか、そんな」可笑しそうに康子は云った。私のことばを真に受けてはいない。幾分ほっとした。
「矢張り映画ですね。何にしましょう。任侠物はお嫌いですか?」
「見たことがないんです。わたしは洋画ばっかりで…」
なるほど洋画ならば趣味としても打って付けである。私も洋画を見ておくべきだったなあという感がした。小銭を出してその裏表で決めることにした。二人して見た映画は67年のアカデミー監督賞を獲ったマイク・ニコルズの「卒業」である。ダスティ・ホフマン演じるベンジャミンが、とある教会で結婚式をあげようとするエレーナ(キャサリン・ロス)を奪いとって通りかかったバスに乗り、二人は永遠の幸福へと旅立つという、その締め括りはポール・サイモンの主題曲とともに私の心に微妙なはたらきをもたらした。
叔母の家に戻ると鯉料理をみんなで食べたところだった。大学病院での泊まりの勤務を終えた長男の武明も一緒だ。
「博君、お蔭様で美味しい鯉料理のお相伴になりました。お見合いはどうでしたか?淳二の友達の妹さんだと聞いていたったけど…」
「映画を観てきました」
「お見合いのあとで映画なんて変なの…」
「奈美、そんなこと云うもんじゃありません。でも、お見合いをして直ぐに映画っていうのも妙といえば妙でもあるね…。それで、どんな印象でした?」武明だけではなく誰もが私の表情を窺っていた。
「僕、洋画はほとんど観たことないんですけど、今日は「卒業」を観ました。いい映画ですね。感動しました」
みんなポカンとした顔つきで私を見つめている。聞かれたのは相手の印象だった。
「とっても好いお嬢さんだったわよね、博さん」叔母が助け船を出してくれた。
「あ、そっちの話ですね…。ええ、そうでした。叔母さんの仰る通りです。でも康子さんはお兄さんから、僕のこと、お前には無理だって云われたそうです。そんなこともあって康子さんもすっかり気落ちしてお見合いに来たんだそうです…」
「忠明の奴、昨日の晩は酔っぱらって、さんざん言いたい放題のこと云ってたくせに。どっちに転んでもひどい奴だな。そうだよね、博君」
「ええ。昨日はだいぶ酔っていましたね。でも根は優しい人だそうです。僕、明日、東京に帰りますが、仙台駅まで見送りがてら来てくれるそうで、明日また会うことにしました」
「あら、もうそんなに進んだの、よがったことぉ」叔母がさも嬉しそうに云った。地元のことば遣いをしようにも上手くいかないようだ。
「いがった、いがった!それじゃ、僕は東京に帰るのは別の日にすっぺ!博さんの邪魔すちゃ申す訳ねえから」雅敏が剽軽(ひょうきん)な声でそう云った。
「そして…」私は言葉に詰まった。「福岡に戻る日には東京に会いに来てくれるって云ってました」
私は余程二ヤケた顔付きだったのだろう。奈美が体を横に倒して、片方の手で畳を叩いて燥(はしゃ)いでいる。叔母も淳二らも顔を綻ばせていた。
翌日は昨日のホテルのロビーで顔を合わせてから近くの喫茶店に入った。
「学生さんからニックネームはつけられましたか?」
「ないようですね。どこかで飲んだくれの多田なんて言われているかもしれませんが」
法学部の奥稲荷たちから「多田やん」と親しげに呼ばれていたことを私は知らない。尤もこれは必ずしもニックネームとは言えないだろう。
「そんなによくお呑みになるんですか?」
「ええ、ひっきりなしに呑んでます」ドブに落ちたことは云わずにおいた。
「そうなんですか?兄もよ〜く呑んでますよ、お酒が生き甲斐みたいに」今日の康子は何とはなしに晴れやかである。酒飲みに対しても悪い感情は持っていないようだ。
「なるほど。でも、学生相手に呑んでいるっていうのは、侘しくって駄目ですね」
「学生さんとはよくお呑みにになるんですか?」
「研究室だろうが、下宿だろうが入り浸ってるのがいましてね、大野って言うんですけど、僕と歳はそう違わないんです。そいつらと日が暮れるとついついお酒を呑んじゃうんです。康子さんはお酒は呑まれないようですね」
「いえ、好きなんです。でも、昨日は三日酔いでした」悪戯っぽい物言いだった。「兄から云われる前から、お見合いしたってどうせお断りされるものと思ってました。それでお友達とジンを飲み過ぎたんです」そう云うなり、はにかんで俯いた。
「そうでしたか、ジンですか」康子の兄もかなりいける口のようだが、康子もその類とみえる。しかし、その辺りを口走るわけにはいかない。「それであんなに豪勢な料理も食べなかったんですね。美味しかったですよ」ご馳走になったので殊更褒めようというのではなく、実際のところ旨かった。
「あのお店のお料理、わたしとっても好きなんです。でも昨日は…」美食家らしい舌の按配も仄見(ほのみ)えた。
しばしお酒やら料理の話に花を咲かせてから、康子に見送られて私は実家に帰っていった。
「俺、結婚するよ!」
「え?誰とだ?」晩酌のお酒を噴き出しそうにしながら父親が聞いた。家族の誰もが驚いたのは言うまでもない。
「誰とって…。他に誰もいやしないよ…。ヤ、ヤスコさんとよ」
「あんた、あんなにぼろ糞に云ってたくせに…」母親は呆れている。
「ん、ま、そうだけどさ…。君子豹変すヨ」
「君子独(ひとり)を慎むってもいうけど、あんたは独りでいると危なっかしいから身を固めたほうがいいかもね」ドブに落ちたことは云ってはいないが、御見通しのようだ。
「夏前に恵美の結婚式があるんだし、今年は無理だぞ」
出かける前には結婚することを前提に勝手に話を盛り上げていた父親だったが、しがないサラリーマンの家では同じ年に二度の披露宴を賄うことは容易ならざることだ。
「あたしの結婚式は延ばしてもいいわよ。お兄ちゃん、先にして!」
「来年の正月にしようと思う。見合いの日に合わせて」咄嗟に私は口走った。
「それもいいな。おい、お母さん、式場はどこにしようか?」結婚式の費用を胸算用していた筈の父親は簡単に承諾した。親子して単純な脳細胞である。
「それにしても、あんなに嫌だって云ってたのに…」母親からすればどうにも片づかないのは無理もない。
「何だか、東京のどこかのお殿様筋の家に行儀見習いに来てたらしくてさ。一通りの行儀作法は身についてるみたいだし、料理も随分仕込まれたんだって。舌も肥えてるみたい」
「あんたは、食べ物にうるさいからね」食事が済めば必ずといっていいほど私の顔色をこっそり窺ってきた母親らしい気遣いでもある。
「俺が福岡に行く日に東京まで来てくれるって…」
それを聞いた妹が浮かれたように歓んでいる。パチパチと両の手を叩いた。畳ではない。
それから数日が経て福岡に戻る日に併わせて康子が東京に遣って来た。
「あの映画は面白かったですね。洋画はあまり観たことがなかったんですけど、いい映画だった。大学生になって一度ウエストサイドストーリーを観たことあるんですけど、友達に云ったら、俺はもう5回観た、なんてからかわれたくらいですからね」高校生の頃に藤田らと一回だけ成人向けの洋画を観たことはあったが、そのことは口にはしなかった。
「わたしはあの映画は2回目でした。でも博さんは健さんの映画を観たかったのでしょ」
「いや、そっちの方は何回も観ていますから、いいんです。それにあの主題曲もよかったですね。また聞きたいな」
「わたし、レコード、プレゼントします。お手紙を書きたいのですけど、いいですか?」
「ほんとうですか?博多ではこんな時、ほんなこつ、手紙ばくれよっとですか?嬉しか、って云うんです」康子も満面の笑みを浮かべている。「嬉しいです。ええ、待っています。是非寄越してください。下宿ですし、いつも寂しい思いをしていますから。下宿の住所と電話番号はですね…」
「わたし、知ってます。いただいた履歴書に書いてありましたから」
私はその晩の寝台車で博多に行くことなっており、時間に合わせて両親と妹が東京駅まで出てきた。
「両親と妹です」駅のホームで康子を家族に紹介した。
「初めまして、康子です」雑踏の音に掻き消されそうな声だった。
「わざわざ東京までお出でいただいて疲れたでしょ」母親がねぎらっている。
「いえ、そんな」
「兄とは『卒業』を観たんですってね。あれってわたしも見たけど、ラストが感動よね」
俯き加減の康子は少しばかりほっとしたような表情を浮かべている。
「今度、あの主題歌のレコードプレゼントしてくれるんだって」
「お兄ちゃんって、寅さんだとか健さんの映画ばっかりだと思ってたけど…」私の顔を覗き込みながら恵美がからかった。
「そうなんですってね。お聞きしました。でも、あのネクタイのセンスがとても素晴らしくて、とてもヤクザ映画のファンとは繋がりませんでした。母もすごく感心してました」
恵美はどうだと言わんばかりに鼻を高くしている。上野駅まで康子を送り届けてくれるように頼んで私は列車に乗り込んだ。荷物を指定の場所に置いてデッキに戻ってくると、拠るすべもなく不安げに私を見送る康子の瞳はそれでいて暖かに見えた。東海道から山陽道をひた走るブルートレインの揺れがその時ほど心地良く伝わったことはない。翌朝になって寝台が片付けられた後も私はあらゆる余韻にしこたま酔いしれていた。